久々にジムに行きました

体調が悪くて2週間ほど家から出られなかったのですが、今日は調子が戻ってきたのでジムに久々に行ってみました。みなさん暖かくていい練習ができました。調子が悪くなると過食傾向になるのでなんやかんや10kg近く体重が増えてしまったのだけれど、少しずつ元に戻せるように意識を戻していこうと思いました。

台風明けなのか、外は風が気持ちよくて空の色もとても綺麗でよかったです。

あとは懐きのいい猫とかいればとってもいいのにな〜!


格闘技を初めてもう4年?ほどになるのですが、基本的にハマっちゃうとずっとそればっかりやってしまう性格なので結構上手くなってしまいました。しかし、殴り合いに関してはもっと強いやつとかゴロゴロいるので生涯納得することはないのだと思われます。もう30歳か〜、中学生の頃に見た「ボックス!」というボクシングの映画が大好きでそれから高校はボクシング部に入るぞ!と決めて家で自主練をしていたのですが、母親に格闘技は禁止されてしまったので何故か美術高校に入り、絵画一式とバンドをやることになります。結果、バンドもアートも芽が出なかったけど途中で出会った「デザイン」という"""態度""""に魅せられていくことになります。こっちに関してはまあまあセンスがあったんかもしれんということでたまに変な賞とかも貰える人生に突入していくのですが、今はもうあんまり名声とか富とかいらないかも?と思っています。当たり前が欲しくてたまらないのですが、どのあたりを散歩したら落ちてるんでしょうか?東京にいるといろんな匙がバグってしまうなあと思います。誰かと繋がっただけで誰かになれちゃう気がするし、急に1人になったらそれはそれで悲しいし、みんなと居てもみんな違いすぎて最悪〜と思ったりもします。誰1人として共感できないし、共感されそうになると「優しい人だな」と思うけど「やめてほしいかも」とも思います。

共感するな、異なる立場として救え

という考えが最近はしっくりきています。自分の苦悩の範疇に相手の苦悩を収めてしまわないことが大事です。自分が想像できる可能性の中に相手の可能性を閉じ込めてしまわないことが大事です。共感って相手の立場になってるように見えて全部自分のいまじねーーーーしょんの中で完結してしまってるのがよくないと思いました。分かってあげられなくても抱きしめてあげることはできる。応援はできないけど、今一緒にご飯を食べてあげるということはできる。そういう手札をいっぱい持っている人が優しいなあと思います。俺はあなたの気持ちがわかるよ。なんてもう久しく言ってない、全然言えないことの方が多いです。繋がっていると思っていた人が急にいなくなったりしますし、昨日言ってたことと普通に真逆のことやってたりする人も大勢いるし、俺もそう。昨日は最悪、今日はまあまあ、明日はどうなんだ?!?という不安定な体調と向き合っていかないと行けないので自分自身に対しても共感するとかやめたいなと思います。私は私のことを一切理解できないけど、大事にしてあげることはできるんじゃないでしょうか。

ということで、できるだけ東京からは早めに出たいかも。友達には会いたいけど、会いにいく理由とかちゃんと作れる大人になりたいかも。気圧とかで頭痛がしても薬とか早めに飲んで対処できるかっこよさとか欲しいかも。お菓子、我慢できる人かっけえ。でもやっぱり食べちゃう人も可愛い。

いつか死んじゃうのにねえ。なんでこんなに悩まなきゃいけないのかなあ。

あぶない!この中に入ってはいけません。と書かれた看板。でっかい手に阻まれてびびっている少年が可哀想なイラストが書いてあります。
イナズマイレブンの主人公が絵の"外"にいると思いました